はまぞう › 豊橋教会牧師・かねごんの日記
豊橋教会 特別伝道礼拝
1月22日(日)午前10時半~

礼拝メッセージ『うたえないうた』
塩谷直也先生


(しおたに なおや)
国際基督教大学教養学部卒、東京神学大学大学院修士課程終了(組織神学)。日本基督教団中京教会副牧師、知立伝道所牧師、梅ケ丘教会牧師を経て、現在は青山学院大学宗教主任・法学部准教授。一方で府中刑務所教誨師を務める。日本自殺予防学会所属。

【著書】
『迷っているけど着くはずだ』
『忘れ物のぬくもり』
『うさおとあるく教会史』
『神に呼ばれて』(共著)
『ヘブライ語で遊ぼう』(共著)ほか

私も『迷っているけど着くはずだ』に大いに励ましを受けました。皆様のお越しを心よりお待ちしております。(牧師 金子敏明)

2012年02月13日

天使の歌声は…

歌手のホイットニー・ヒューストンが11日(日本時間12日)、ロス近郊のホテルで急死した。翌日に行われるグラミー賞授賞式に出席するために滞在中だったという。事件性はないとのこと。



母親はゴスペル&ソウルシンガーのシシー・ヒューストン。親戚にはディオンヌ・ワーウィックをはじめ、著名なシンガーがズラリ。名付け親はあのアレサ・フランクリン。歌手として生きるのであればこの上ないサラブレットだ。こんな環境で歌えば上手くならないはずがない。母親に指導を受け抜群の歌唱力を得た。そして生まれ持った美貌も合間ってスカウトの目にとまる。22歳でデビュー。2枚目のアルバムはビルボード初登場1位。ケビン・コスナーと共演した『ボディガード』で映画にも出演。「I Will Always Love You」は世界的な大ヒットを記録した。92年にはR&B歌手のボビー・ブラウンと結婚。何もかも順風満帆にみえた。

けれど、結婚生活は上手くいかなかった。夫のDVにも苦しめられた。夫婦揃って薬物中毒に陥ってしまった。ドラッグには最後まで苦しみ、なかなか脱することが出来なかったようだ。

薬物やアルコール中毒は根が深い。本人はその危険性を感じてはいなくても、実際には仕事や人間関係には支障をきたしてしまうケースが後を絶たない。私も結婚前は毎晩のように飲んでいたが、現在は週2回ほどだ。

薬物に手を出し、溺れてしまったのは確かに良くないことだった。でも人間は誰でも何らかの弱さを抱えているものだ。そんな時に「強くなれ」だの「克服しろ」なんて言葉は何の意味ももたない。むしろ「自分の力だけではどうにもならないんだ」と認めてしまうことが必要だ。誰かの助けなしにはどうにもならない自分を認め、さらけ出し、わかってもらうことなのだ。

ところが人間はこれがむしろ難しい。特に日本人は。歯を食いしばって強く耐えようとすることの方が実は楽なのだ。でもそれは本当に解決になるのだろうか。

ホイットニー自身も薬物依存を脱しようとして、更生施設に入所したりもしたようだ。でも最後までアルコールは手放せなかったとの報道もある。薬物依存を脱するにはアルコールも止めねばならないのだ。

想像でしかないのだけれど、彼女が「華麗なる復活」を遂げるには少し時期が早かったのかもしれない。世界の歌姫ではない、市井の人間ホイットニー・エリザベス・ヒューストンとして、同じ薬物依存に悩む人々と痛みを分かち合いながら、脱していく期間がもっともっと必要だったのではないか。

薬物依存症更生施設の名古屋ダルク代表の外山憲治さんは自己紹介される時に「ヤク中です」と告げている。外山さんが最後にドラッグを使ってからすでに20年の月日が経っている。つまり、薬物とは手を切る努力を毎日し続けなければならないということなのだ。

ホイットニーが復活を急いだのは、経済的に苦しかったからかもしれない。アルバムの発売延期、コンサートのキャンセル。彼女ほどのスターであれば、こうした出費も莫大なものだっただろう。改めて成功と挫折とはオセロのように簡単にひっくり返ってしまうものなのだと思わされる。

来月には薬物依存症の人たちの前で豊橋ゴスペルクワイヤが歌う予定。ゴスペルを歌う者の端くれの端くれとしては、ゴスペルシンガーでもあったホイットニーの死を無駄にしないためにも、ドラッグと闘う人々の、ホンの一助になれるように僕らも歌いたいと願う。

ホイットニー・ヒューストン。神様のもとで、どうか安らかに。

  

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2012年02月11日

霊能者、というが…

「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで『出てきた我が家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪い七つの霊を一緒に連れてきて、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる」(マタイ12:43~45)



お笑いコンビ『オセロ』の片割れ中島知子が家賃滞納で訴訟を起こされることになりそうだ。現在、長期休養中で表舞台からは姿を消している中島。ここ数年は急に太ったり、仕事をキャンセルするなど精神的に不安定な様子が見られたという。

現在、中島が同居しているとも伝えられているのが40代の「霊能者」の女性だという。この女の言いなりになったことから、引き篭もり状態となり、周囲の声に耳を貸さなくなったのだという。

中島が芸能人だから注目されているが、こんなのは別にイマドキ珍しいケースではない。だってこの手の商売大流行だもの。メディアでは「霊能者」などと記しているが、俗に言う“スピリチュアリスト”だの“自己啓発系カウンセラー”だのの類だろう。この手の輩は「天の声」だの「宇宙のエネルギー」だのとわかったようわからないようなフレーズを並べてはいるが、要するに「自分が相手にとっての精神的なカリスマでありリーダー」として位置づけをして、相談者を心理的に支配下におく。それだけのことだ。

大晦日に元オウム真理教の平田信容疑者が逮捕された。オウムの主だった幹部たちは死刑にされてしまうのだろう。でも、それで終わりにして良いのだろうか。オウム真理教の「精神のピュアさ」を求める気持ちはスピリチュアルや占い、自己啓発などが受け継ぎ、社会変革への思いは勃興するナショナリズムが受け継いだと私は見る。「オウム」は終わってなどいない。

おそらくこの騒動も「宗教は怖いね」で終わりになるように思える。「無宗教がイチバン」そうだろうか。空っぽの心にこそ、忍び寄るものがあるのではないか。
  

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2012年02月09日

人生、ここにあり



1983年ミラノ。熱血漢の労組幹部ネッロは型破りな活動ぶりから移動を命じられる。異動先は「協同組合180」精神障碍者の授産施設だった。精神障碍者たちは病院よりも地域で自由に!とのスローガンの下、法改正されて退院した彼らだが、実際には切手貼りなどの単純作業のみで収入は雀の涙。

ネッロは彼らを労働者として自立させるために、床板貼りの仕事を探してくる。最初はドタバタ続きだったが、寄木細工の才能を見せた二人を中心に事業は予想だにしない展開を見せて…イタリア映画『人生、ここにあり』は実在する障碍者たちの組合への取材をもとにしてつくられたフィクション作品。重いテーマを扱っているにも関わらず、コメディとしてもよく出来た人間賛歌として仕上がっている。本国イタリアでも大ヒットを記録したというのも大いに頷ける。

私も障碍者の授産施設で働いた経験があり、随所で「あるある」と思いながら鑑賞させていただいた。


 映画を観ながら北海道浦河町にある「べてるの家」を思い出した。現地の病院に通う統合失調症の患者たちが教団浦河教会の会堂で生活を共にしながら日高昆布の通販などの事業を通じて社会進出を目指すことで誕生した。ここでは病気が重くなったり、生活に支障が出てくることを普通のこととして受け止めている。ここでは投薬量が全国平均の3分の1であり、その対応が全国的に注目されている。またAAの会やダルク同様、当事者同士のミーティングも大事にされている。

 ちなみに映画の原題は「Si può fare」神様が共にいるのだからなんとかなるさ、という意味。べてるの家にも通じるものがある。


  

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2012年01月28日

明日の礼拝のご案内

こんばんは。牧師の金子敏明(kanegon)です。雪国ではすんごい雪ですね。また被災地の皆さんの生活が心配です。どうか心身が守られますように…明日の礼拝のご案内です。

1月29日(日)の礼拝

メッセージ『我らを守りたまえ』金子敏明牧師
ヨハネによる福音書17章6~19節





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教会はクリスチャンでなければ来てはいけない場所、などではございません。一見さん大歓迎でございますface02


場所がわからなければいつでもお電話ください。(0532)52-0756

  

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2012年01月17日

1・17

そういえば今日はあの阪神・淡路大震災から17年目の日だった。昨年のブログでは映画『その街のこども』を取り上げた。



で、今年は…朝から時々そのことを考えてみるが、これといったメッセージが思いつかない。考えてみれば去年の日記だって「自分に言えることは特にない」という中で、あの映画を紹介させていただくだけにとどめたのだった。

少なくとも今いえることは、昨年の「3・11」があって、改めて「1・17」も思い起こされ、問い直されたということだ。

「1・17」を生きた人たちが、今「3・11」を生きようとする人たちの力になろうとしている姿を、今日のテレビの放送で垣間見た。

そんな中で、一宗教者である自分は改めて何を問われているのだろう。宗教者が果たすべき役割とは何なのだろう。

もしかしたらそれは「問うこと、問われること」それ自体が牧師である自分に求められいるのではないだろうか。そして祈ること、これである。

混沌としている中でズバリとした答えを導き出したり、現政権の悪口ばかり言い連ねている宗教者たちもいるという(私も現政権に賛同などできないが)。

そんな中で私は敢えて、ウジウジとした、行ったりきたりの悩みの中に身を置こうと思う。それが1・17に何のメッセージも発することの出来ないボンクラ牧師のせめてものの意思表示である。

どうか、それぞれの「1・17」を生きてきた人々の魂が、今宵も主なる神によって守られますように。
  

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2012年01月17日

山のれすとらんへ

昨日は、魚彦会館さんにお声をかけていただき、東栄町にある「やまのれすとらん さかた」さんにお邪魔してまいりました。さかたさんは「どすごいランチ スタンプラリー」に参加されておられます。


魚彦会館さんに集合。バスを出していただきました。


到着~




周辺のロケーションはこんな感じ。すぐお隣が川で、夏にはホタルの群れが楽しめるそうです。


ブロガーさん大集結。25人ぐらいはいたんじゃないかな?


お部屋の中から




お店の外見。なんか可愛くて好きだぞicon06


しゃべくり王子さんも、どすごいブログ代表として参加


さて、ご馳走になりましたランチはこんな感じ。1050円とお手軽な価格。美味しかったのでご飯お代わりいただいちゃいましたkaeru


小さな鶴の折り紙。こんなワンポイントのお心遣い、いいですね。


さかたさんご夫妻。ミス東栄町?の奥様とご主人。実はさかたさんのブログはドラゴンズネタの時などに拝見させていただいておりました。そのことを奥様に告げますと「あら、金子さんもドラゴンズファン?」「あ、いや、僕ヤクルトスワローズなんです。東京生まれなもので…icon10


こちらは遅れて参戦のすぎうらさん。しっかし痩せたなあ…現在70kg前半だって…私の目標を軽く追い越していった…本気で尊敬しますわ…。

このほかにもさかたさんでは絶品と噂のカツカレーなど、美味しいメニューをご用意してくださっております。ぜひお出かけください。

『山のれすとらん さかた』
愛知県北設楽郡東栄町大字本郷字二タ田25-2
TEL  0536-76-1453

店長さんのブログはこちら

お誘いくださいました、魚彦会館さん、色々ご尽力くださった青蛉返さん、スタンプラリーの企画者であるしゃべくり王子さん、そしてこの日ご一緒のブロガーのみなさん、楽しい時間をありがとうございました。そして何よりもさかたさん、美味しいお食事をありがとうございました。

  

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2012年01月10日

年末年始雑感(週報のコラムより)

※25日の礼拝を終えた後は疲れがピークに達し、体調を崩した。毎年この時期に風邪をひくのが恒例となってしまっている。



※26日には教会青年会の集会を開催。メンバーが友達を連れてきたりして盛会となった。ほぼ毎月例会を開けたことは大きな感謝である。

※27日は東三河牧師会のクリスマス会。出席者たちが「今年を振り返って」スピーチをしたが、やはり話題の中心は震災のこと。新年度は具体的な震災時の対策について意見交換する案も出た。以前震災のあった柏崎で牧会経験のある牧師は「自分あの時とにかく聖書を読んだ。これまでにないほど心に御言葉が響いた経験はなかった」とのこと。これも牧師会でぜひ分かち合いたい。実際に震災が起きれば教派を越えて協力しあわねばならないのだから…。

※正月の楽しみは箱根駅伝。東洋大の強さが群を抜いていた。「山のスペシャリスト」柏原くんに依存せずに一人ひとりが自立しようとしたからこその圧勝。これって日本人の在り方や教会の伝道にも通じることかもしれない。

※大晦日に驚いたのはオウム真理教の元信者・平田信容疑者の突然の出頭。本人は麻原を信奉しておらず、死刑は妥当だという。しかし麻原たちの死刑を引き伸ばすことが目的だとの声も。いずれにせよ17年もの間どのように潜伏していたのか。やはりオウム事件は何一つ終わっていないのだ。

※6日のブルー・クリスマスin名古屋はホームレスの方や難民の方も参加され、教派を超えた静かな祈りの時となった。感謝。

※昨日の愛知東地区の全体研修会では、福島の牧師先生が来て下さって、現地の声を聞かせてくださった。この先生はカルト問題に長年関わっておられたが、「原発も統一協会などのカルトも、同質の問題を感じる。とにかく反対の声や異論を徹底的に封じるんだ」とのこと。なんだかすごく納得がいった。

てな感じで今年もよろしくです。

kanegon
  

Posted by 金子kanegon敏明 at 21:00Comments(0)TrackBack(0)牧師の日常

2011年12月31日

今年から来年に向けて

このブログを読んでくださる皆様。一年間お付き合いいただきありがとうございました。

来年もさらに聖書を深く読み、聴く者でありたいと思います。そこで得たモノを皆様と共に少しでも分かち合えたら嬉しいです。

そして見せかけの「絆ブーム」などに騙されることなく、震災がもたらせたものは何か。そのことを問い、問われ続けたいと願っています。原発のこともしつこく書いていきます。

そして野球のこともたまに。2012年ヤクルトスワローズの優勝への道のりを追いかけます。


そんな感じで来年も、またよろしく。

  

Posted by 金子kanegon敏明 at 22:58Comments(0)TrackBack(0)

2011年12月29日

年の瀬

今年は25日がクリスマス礼拝で、1日は日曜日なので通常通り礼拝を行う。23~25の三日間、およびそれまでの準備期間は鬼のように慌しかったが、年末の期間がいつもよりゆっくりできている。少々風邪気味でもあったのだが、昼寝をしたりして大分スッキリした。



年末にきて世間も色々あるようだ。民主党も増税を巡って離党議員が相次いだ。選挙公約が守れず、内部分裂を繰り返しているのだから、愛想をつかす議員もそりゃいるだろう。私も少なからず失望している。

でもこの様子をみていると「いつか来た道」としか思えない。これまでの政権党である自民党も同じようなことを繰り返していた。自民も民主も「同じ政治理念」に基づいて一緒にいる集団ではないのだから、このような事態になるのは当たり前といえば当たり前か。

このような中で「スピーディー」で「市民にも政治実感をもたれ」、「トップダウン式」で改革を行う地方自治体の長に人気が集まっている。世の中、経済が衰退してくれば、強く勇ましい言説に注目が集まるのは常である。

私はそれを良き事だとは到底思えないが。

わかりにくくても、行きつ戻りつしつつも、住民が参加しながら考えていくスタイルこそがこれから求められる政治決定の在り様のはずだと思うのだが…。あともうひとつはこの期に及んで「輝かしい日本の未来」を訴えてみせる政治家は信用してはならない。経済が成長して行くことはもう「あり得ない」のだから。でもそのことを指摘する政治家は野党の中にもいない。

私が世の政治家のほとんどを信頼できずにいるのはそこである。
  

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2011年12月28日

12月24日 クリスマスイブ礼拝でのメッセージ

皆様、クリスマスおめでとうございます。今日はじめて教会に訪れた皆様にも、いつもいらしている皆様も、久しぶりに教会に訪れた皆様も。すべての人に今宵、救い主イエスの誕生という喜ばしき出来事がもたらされます。クリスマスはクリスチャンでない方々にとっても大きなイベント、心楽しい日となっていますが、教会にとりましては嬉しいだけで終わってはならない日でもあります。クリスマスカラーは緑(永遠)白(純潔)そして赤です。赤はイエス・キリストが十字架の上で流された血を意味します。つまりこの生まれたばかりの赤ん坊はやがて全世界を救うためにその命をささげられる、そのために生まれてきたということを憶える時なのです。そしてまた、救い主が「平和の主」として貧しい若い夫婦の下に生まれたこと。そしてこの若い夫婦はローマの圧政下で、多くの人々同様、まるで難民のような状態で長旅を強いられたということ。その事を忘れてはならないのです。



 少し前の話ですが、イスラエルで集団のミイラ化した遺体が発見されたそうです。壮年男子・若者・女性・子ども合わせて20体ぐらいのものだったそうです。それらを分析しますと、男子には戦闘によるものと思しき傷跡がありました。女性にも後頭部を殴られた痕がみられました。お腹の中に胎児を宿した若い女性のものとみられる遺体もありました。これらはイエス様が生きておられた2000年前の頃のものだと推定されています。この時代のイスラエルは内戦・民衆蜂起が繰り返されていました。小さな子どもや女性でも暴力の犠牲になってしまう時代であり、そんな時にイエス様はお生まれになられたのです。そして今も世界の至るところで暴力の連鎖、暴力による支配は見られます。


私たちの国ではこうした「目に見える暴力」はないかもしれません。しかし「暴力」は存在していないのでしょうか?インターネットを開ければ暴力的な呪いの言葉がウジャウジャ出てきます。あるいは若者に働く場所がありません。学業も疎かにさせられ、いつ終わるともしれない就活を延々とさせられているうちに、若者たちは心も身体もヘトヘトに疲弊させられています。自ら命を絶つ人の数は年間3万人。今年はかなり増えるだろうと思われます。これも社会による何らかの暴力の結果だと言えないでしょうか。



 そして今年を語る上では、福島原発事故による放射能汚染があります。冷温停止したなどと野田首相が発表しても、それが本当だと裏付けるものはないし、本当だとしてもそれ自体は何の問題解決でもありません。匂いもなく、色もない放射能は今も拡がっています。今後放射能による癌などの症状が広がるでしょう。「因果関係も証明されない」ままに。また、原発の立地が示すこの国の構図も実に「暴力的」なものでした。



 この暴力的な構図に向かい合うイエス・キリストという方は、それでは「革命戦士」のような存在だったのでしょうか。2000年前のイスラエルと現在の私たちと、強く逞しい、決然としたリーダーを求めるという点ではよく似ているようにも思えます。そしてイスラエルの歴史でもそのようなリーダーが活躍した時代は確かにありました。でもイエス様はそのような方ではありません。むしろその対極にあり、私たちの痛み・悲しみの隣にいて寄り添い、支え、その涙も受け止めてくださる救い主でした。

3月11日の夜。震災の被災地は電気が止まり、真っ暗闇になってしまったそうです。津波の被害の全体像もわからない。絶望と不安が覆う中、あるキリスト者の若い女性がふと真夜中の空を見上げたそうです。するとそこには一面満天の星空が広がっていたそうです。人の作った技術-力である電力が失われた時に、神様の創られた星々が見えた。それは彼女だけでなく、絶望の中に置かれた人々にとって、今日読みました降誕記事のように「ベツレヘムへ導く希望の星」に他ならなかったのではないでしょうか。神様は救い主を「平和への導き手」として小さな姿で与えてくださいました。しかし聖書にはまた「平和を作り出すものは幸いである」とも書かれています。私たちが「平和の担い手」であることも求められています。そのために私たちは何ができるのか、何をしなければならないのか。共に祈り求めるクリスマスでありたいと願います。
  

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2011年12月25日

クリスマス!christmas!

2011年、クリスマスの喜びをお伝えします。





洗礼式もありました。

こんな可愛いサンタさんもいただいちゃいました。

牧師ってあんまりお金にはならないけれど幸せな仕事だよな、って毎年思います。



  

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2011年12月24日

こどもクリスマス!その①キャンドルサーヴィス

三連休の初日ということで、果たしてどれだけのお友達がきてくれるかなあ…と若干不安の中、例年を越える子どもたちが遊びにきてくれましたface02ありがとーっ











キャンドルの灯りの下、子どもたちと一緒にクリスマスのキャロル(さんびか)を一緒に歌いました。子どもたちにも忘れがたい経験となったのではないでしょーか。

直前まで悩んでいたのが「2011年という年のクリスマス。子どもたちに何を語れるだろうか」ということでした。

「イエスさまは“平和の主”としてお生まれになられました。けれども聖書には“平和をつくりだすものは幸いです”とも書かれているのです。誰かに任せていてはいけないんだよ、僕ら一人ひとりが平和をつくるお手伝いをしなきゃいけないんだ。今、震災や津波で家族を失って悲しんでいる人のために僕たちなにができるでしょうか?僕たちだっていつ大きな地震が襲ってくるかわからないよね。それに原発や放射能のことだって心配です。僕たちが平和のためにできるほんのちょっとのことをお互いにできたら、。これこそ素晴らしいクリスマスプレゼントではないでしょうか」

そんなメッセージを語らせていただきました。


  

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2011年12月23日

明日の日没からが「クリスマス・イブ」です。

「マリアは男の子を生む。その子をイエスと名づけなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」
(マタイによる福音書1章21節)




世間では12月24日を「クリスマス・イブ」と呼んじゃったりしていますが、24日の日没からがイブ(前夜)となります。どうぞ皆様、それぞれによいクリスマスが訪れますように。皆様の上に祝福が豊かにもたらされますように。

…で、宣伝。

12月24日(土)18:30~
「クリスマスイブ礼拝(キャンドルサーヴィス)」
(入場無料 自由献金)


というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。

日本キリスト教団 豊橋教会
豊橋市八町通4-67
(0532)52-0756



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2011年12月22日

クリスマスがそこまで

光が輝くとは
絶望の夜がないことではない。
それは、夜が照らされ、
それが超えられるということ。
(ハインリヒ・フリース)




2011年冬。今年もクリスマスを迎えられること。このコトを心から感謝したいと思います。
これを読んでいる皆さんは今年どんなクリスマスを迎えられるでしょうか?

クリスマスって誰もが大切な人と暖かく過ごせるかといえば、そういうわけではないでしょう。
一人で過ごさねばならない人もいる。聖夜も夜通し働かねばならない人もいる。
仕事があればまだマシ。不安の中で、あるいは寒空の中で過ごさねばならない人も。
大切な人、愛する人を失って悲しみの中にいる人も。

その全ての人のもとにクリスマスは訪れます。

華やかで楽しいだけがクリスマスではありません。笑顔でなければならないわけでもありません。
前向き・ポジティブでなければならないわけでもありません。

それぞれの心に、幼子イエスの誕生という出来事はそっと寄り添ってくれるのです。




12月23日(水・祝)13:30~15:00
(入場無料)

♪今年はこんな内容です♪

☆キャンドルライトサーヴィス
☆クリスマスキャロルを歌おう
☆ゲーム
☆みんなでハンドベルに挑戦!
☆参加者みんなにプチプレゼントがあるよ





というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。


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2011年12月19日

こどもクリスマスのご案内

毎年恒例になりました「豊橋教会 こどもクリスマス」のご案内です。



12月23日(水・祝)13:30~15:00
(入場無料)

♪今年はこんな内容です♪

☆キャンドルライトサーヴィス
☆クリスマスキャロルを歌おう
☆ゲーム
☆みんなでハンドベルに挑戦!
☆参加者みんなにプチプレゼントがあるよ





というわけで、教会はじめての方も、「クリスチャンでないんですけど…」という方も、ぜひぜひ遊びにいらしてくださいね(てか毎年そういう方がたくさんいらしてくださるんですけどねface02感謝なことです)。


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2011年12月19日

午後の呟き

☆昨夜はfacebookの集いに参加させていただいた。その中で初めて出会った方にも意外なほどにこのブログも読まれていることにオドロキ。このところ更新ペースが落ちているし、身を引きしめてがんばろう。



☆明日はglobal workshopの講師。キリスト教のことをまったく知らない子どもや親御さんに「牧師という職業とは何ぞや?」を語らねばならない。難しい課題だが、引き受けさせていただいた。他ならぬ星野さんの頼みだし、ということもあるが、それ以上にとても良い機会なのだと感じたからだ。この国において牧師とは教会の中だけにふんぞり返っていてはいけない。

☆教団新報が届く。表紙は仙台東六番町教会の高橋和人師。雪化粧の教会の写真を見ながら、被災地の厳しい冬を思う。

☆東北教区センター「エマオ」の“有償ボランティア”が公募されていた。若い伝道師を一定期間教団が給与を保障して行かせればよいのだ。それにしてもなぜこんな時期になって慌てて…しかも「隠退教師含む」とはオドロキである。教会や教区で威張り散らすことだけを憶えた老人が行っても、現地の迷惑でしかないだろうに…。

というわけで、本日は市内某所で歌ってきま~す。
  

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2011年12月08日

日々雑感



☆12月は「牧師も走る」師走である。本当に毎日忙しい。でもそれは感謝すべきことなのだろう。いろんな人との出会いも一気に増える時期。それもまた楽しみである。牧師とは旅人。土地の人間ではないのだから、色々な場所に自ら出かけていかねば。

☆ちなみに今年のクリスマスウィーク。19日-ゴスペルステージ 20日-グローバルワークショップ 23日-こどもクリスマス 24日-クリスマスイブキャンドルサーヴィス(その前にゴスペルステージ) 25日-クリスマス礼拝 26日-青年会 27日-昼 市内牧師会のクリスマス 夜-某所でゲストで歌う。 


☆各球団の主力が次々とFA宣言。サッカーと違うのは行き先はすべて「メジャーリーグ」だということだ。選手個人の「より高いところを目指したい」という気持ちは最大限尊重されるべき。でもなんかもうあまり関心はない。やっぱり僕は日本の野球があればいい(日本の球界が素晴らしいなんて思ってないけどね)。

☆「クリスマスに贈る100の言葉」をアップロードしたいのに、見つからない…。

☆明日は南部地区市民館の講義最終日。今年で2年目を迎えて、僕もようやく感じをつかんできた。そして「これから」というところで終わってしまうのも寂しい。なんとか続けられないものか…。

☆原発の被害は報道以上にあちこちに広がっているようだ。それでもまだ稼動させようという自治体の長や電力会社、そして政治家…。やはりあれは「麻薬」だったのだな。よく「自信を失った日本人」なんてフレーズを聞くけど、その「自信」なるものが原発の力に裏打ちされたものなら、そんな自信なんざ最初からいらなかったな。



  

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2011年12月05日

陣内大蔵クリスマスLIVE!!

金曜日に豊橋教会で開催されました、シンガー・ソングライターの陣内大蔵さんライブ。多数のご来場をいただき、まことにありがとうございました。



陣内さんは音楽活動を続けられる一方で、現在は日本キリスト教団東美教会の牧師さんでもあります。実は私kanegonも東美教会にお世話になっていた時期がありまして、陣さん(いつもこう呼ばせていただいてます)とは2年間ご一緒させていただいておりました。教会学校やら聖歌隊やら担当したり、プライベートでも野球観戦に行ったり、教会帰りに吉祥寺で一杯やったり…その縁で今回チャーチコンサートをお願いしたわけですが…。



コンサートそのものは、さすがに陣さん。その歌声は年々深みを増してくるし、トークは年々長く…だけじゃなくまあ面白いこと面白いこと。でもそれはただ笑えるというだけじゃなくて、やっぱりそこにキリスト教・聖書のメッセージがちゃんとあるんですよね。やたらと難しい話ばかりして権威を振りかざす牧師とか、大声で威勢のいいことばかり言う、自称カリスマ牧師はいるけれど、陣さんを傍で見ていて「ああ、こういう人を牧師というのかもなあ…」っていつも思っています。



「空よ」「心の扉」などの楽曲、これらも僕には讃美歌に聞えてしまうんです。決して直接的な表現ではないけれど、僕らが信仰を持って生きる上での葛藤だとか迷いとか、そんな思いを抱えつつ、それでも前になんとか進んで行こうとするキリスト者の思い…僕はそんな風に受け止めて聴いてます。

さて、今回はなんと陣さんから有難いお話をいただきまして、僕ら豊橋ゴスペルクワイヤで一陣さんの貴重な?クリスマスソングである「Christmas to all」でバックコーラスを担当させていただきました。



この日参加できたのは4名と少なかったですけど、これはまたとない経験となりました。僕自身も「牧師・陣内大蔵」ではなく「歌手・陣内大蔵」と共演するのが前からのささやかな夢でして…この日はついにそれが実現しました。

陣さん、ホントに素晴らしい機会を与えてくださってありがとうございました!またぜひ豊橋にいらしてください。そして、ご来場くださった皆様、心より感謝申し上げます。よいクリスマスをお迎えくださいface02


  

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2011年12月01日

帰る家

「それぞれに帰る家がある」
これこそベツレヘムの幼子が、
すべての人に贈るメッセージ。
泣く人、覚めて祈る人、さすらう人、
すべての人に。
(フリードリヒ・フォン・ボーデルシュヴィング)




こないだの日曜日からアドベント(待降節)に入りました。震災、原発事故…私たちの生きてきた基盤そのものが大きく揺さぶられた2011年。

クリスマスは僕らキリスト教徒にとっても「楽しいお祭り」であることに違いはないけれども、同時に「神の子イエス・キリストがこの世にお生まれになった意味とは何か」を深く問われる時でもある。

ある人が「宗教の役割は最後は“おかえりなさい”ということに尽きるのではないか」と言われた。僕は「おかえりなさい」よりもむしろ「行ってきなさい」に主眼を置いている人間だが、行き場を失っている現代において、たしかに「おかえりなさい」は大切だなあ、と思う。

人に見て欲しくて、認めてほしくて、かまってほしくて、あれこれやってご機嫌とっている君も、自分の不満の捌け口を誰かに向けていなければ満たされていない貴方も、実は行き場がないんじゃないかな?

僕は「家族的な教会」だとか「教会は我が家」的なフレーズは好きじゃないけれど、今年のクリスマスは「おかえりなさい」の気持ちを普段よりも少しだけこめてみようかな、と思ったりする。


  

Posted by 金子kanegon敏明 at 21:18Comments(0)TrackBack(0)

2011年11月29日

暴力的な時代

大阪夏の陣、いわゆるダブル選挙は市長選・知事選とも「大阪維新の会」が圧勝した。



維新の会の対立候補には、民主・自民・果ては共産党までもが相乗りして応援したが、この結果である。負けた原因は何か。もちろん政権交代したが何も出来ずにいる民主。もはや賞味期限切れの自民、相変わらずの共産など、既成政党に対する失望は確かにあるのだろう。私もそう思っているし。そのような中で「既成概念や既得権者をぶっつぶしてくれそうな」橋下徹の手法に多くの人が期待したのだろう。

ただ、これで良かったのか。橋下の手法というのは常に「大衆の敵」を作り上げて、この連中さえいなければとテレビを使って視聴者を煽り立てる。するとテレビとしては地味な話しあいを重ねて折衝を繰り返して…というのよりももっと美味しいからそれに乗っかる。橋下がターゲットにしたのが労組であり、公務員であり、共産党である。あるいは光市の母子殺人事件の弁護団も「大衆の敵」に祭り上げた。

こうした手法は小泉純一郎が総理の時から始まった(彼はこの作戦の大天才)。以降、特に地方選挙などではこの手法を用いて知名度のある人物が当選してきた。

橋下はテレビの前で敵を罵る時にとてつもない爽快感を感じていることだろうと思う。そして誰もがあんな風に振舞いいだろうな、と思う。

以前、韓国ドラマ『ベートーベン・ウィルス』にハマったことがある。あのドラマは今をときめくグンソク君ではなく、主演のキム・ミョンミン演じる天才指揮者の独裁者ぶりが際立っていたのだ(主演のイ・ジアも可愛かったけどね)。オーケストラ団員や市長などに毒舌を吐きまくる指揮者に「俺もあんな風に言いたいことが言えたらなあ…」などと呟いたりもした。

そう、私の中にも橋下徹的なものは確かに存在するのだ。きっと誰の心にもあるのだろう。考えてみれば今のネット論壇にしても「日教組」だの「人権団体」だのを悪魔のごとき存在にして呪いの言葉をかけたりして、自分の「正義」に酔っている声ばかりだ。
テレビの政治討論番組にしても「テレビタックル」だの「朝生」だの「たかじん」などに出てくる政治家や「識者」たちは相手の話を聞かず、恫喝し、小ばかにしあうものばかりだ。あれは議論とは言えない。気分はスッキリするかもしれないが、知性は磨かれない。申し訳ないが人をバカにするだけである。

話を戻そう。私は橋下の政治意見はさておき(本当はそれも大嫌いなんだけど)、彼の「政治手法」が大問題だと思う。地味で愚直かもしれないが話し合いを重ねて、少しずつ変えていく方が現実的だと思う。小さな教会の責任を担う者として、やはり橋下的な手法は破滅への道だと思えてならない。

そしてもはや経済成長など見込めない時代においては、あるモノをいかに分かち合っていくか、の議論が必要だろう。ある市内の男性は「平松さんも地道に取り組んでおられましたけど、僕らはもっと政治の動きが見たいんです」という。

政治の動きというのは私に言わせれば、政治家が既得権者をコキ下ろしたり、派手なハコモノを作ったり、イベントを仕掛けたり・・・所詮そんな程度のものだろうと思う。でもそれは本当に政治の動きなのだろうか。

巷で言われている「ハシズム」に大衆が酔いしれているのだとしたら…かなり危うい時代に突入してしまったのかな、という危惧を私は抱いている。


  

Posted by 金子kanegon敏明 at 22:05Comments(0)